西宮市ゆかりの中高生へのインタビュー【第三弾】デフフットサルの歴代最年少日本代表としてW杯出場!音瀬 保希さん

兵庫県立西宮高校3年生・音瀬保希さん
兵庫県立西宮高校3年生・音瀬保希さん

文武両道、我が道を走る!音瀬 保希さんにインタビュー

181センチの長身に詰め襟姿がなんとも凛々しい、音瀬保希さんは県立西宮高等学校3年生。小学生のときからサッカーとフットサルを続け、2015年には、世界デフフットサル(=聴覚障害者によるフットサル)選手権大会に歴代最年少の日本代表として出場し、今春からは関西学院大学の法学部へ。文武両道を歩んできたこれまでの足跡について伺いました。
音瀬 保希さん
デフフットサル:主な大会での記録・活動
2015世界デフフットサル選手権大会(ワールドカップ)に歴代最年少の日本代表として出場。
スポーツ21での指導を行うなど幅広く活動している。

サッカーとフットサルに夢中な少年時代。

小学1年生からサッカーを、2年生からはフットサルも始め、高校入学までその両方を続けました。フットサルの足技がサッカーに活かせるなど、相互的なメリットもあったと思います。聴覚障害者のデフフットサルに出合ったのは中学時代。とあるフットサル大会での僕のプレーを見た、デフフットサル男子日本代表の川元監督から、声を掛けていただいたのがきっかけです。
幼少期
デフフットサルは、全員が補聴器をはずしてプレーするのがルール。試合中は手話とともに、数字を用いた視覚的な指のサインでコミュニケーションをとります。1番はこういう動き、2番は...という風に試合前にはチームのグループラインで動きを確認し、対戦相手への戦術を共有します。代表合宿を経て出場したイランでの世界デフフットサル選手権大会のアジア予選時は、中学3年生。はじめての国際試合で得点して、すごくうれしかったことを覚えています。点を取った時の喜びを、チームの先輩方はもちろん、会場で応援してくれている観客と共有できるのが、フットサルの大きな魅力ですね。
ユニフォームとシューズ
日本代表時のユニフォームとシューズ

高校時代の後半は、大学合格に全力疾走。

高校に入学し、続けてきたサッカーをやめてフットサルに絞ったのは、大学進学を真剣に考えはじめたから。家族や先生にアドバイスをもらいながら、将来どうしていきたいか自身でじっくり考え抜いた結論でした。高校1・2年生の放課後は西宮フットサル委員会所属の「アミーゴFC」、社会人チーム「Jack-o-Lantern」(兵庫県フットサルリーグ1部)の練習と塾通いに明け暮れる日々。高校2年生のお正月から大学合格が決まるまでは、勉強に集中するためフットサルは制限しました。勉強の息抜きはランニング、甲山や武庫川のあたりをよく走りましたね。大阪や神戸に近い便利な場所にありながら西宮には緑が多い、そんな自然豊かな故郷・西宮を誇りに思います。
ふるさとへの誇り
大好きなフットサルを制限するほか、スマートフォンに時間をとられないようにも心掛けました。誘惑に負けず勉強に集中できるのが、自分の強みだと思います。
その甲斐ありまして、AO入試で関西学院大学法学部に合格。AO入試には、高1から高3までの授業態度や評定平均点などが非常に関係してきますので、つねに学年で10番以内の成績をめざしました。将来は法律の知識を活かして西宮市の職員になりたいと考えています。

W杯という大舞台、めざすゴールは得点王

フットサル選手としての夢はやはり世界一になること、そして僕自身が世界の得点王になること。次の世界デフフットサル選手権大会は2019年。2018年の秋からアジア予選なので、まずは予選突破に貢献できるよう練習を開始したい。海外の試合に行ったら、各国の選手はもちろん、開催国の方たちと積極的にコミュニケーションもとりたいので、今持っている英検2級のさらに上にも挑戦したいですし、全世界共通の国際手話も習得したいです。
英単語帳
自分で作った英単語帳
今までスポーツを通して異文化に触れ、たくさんの発見がありました。例えば、2015年に訪れた中東の国・イランは、危険で治安が悪いイメージが強いと思いますが、実際は全然そんな雰囲気ではなかった。イランの選手とも話をして、そのようなイメージはごく一部なのだということを実感。その事実を多くの人に知ってもらいたいとも感じました。

諦めずに続ける、その大切さを伝えたい。

西宮市の地域スポーツクラブ「スポーツクラブ21」のOBとして甲東小学校で教えたり、所属する「アミーゴFC」で後輩にアドバイスしたり、健聴の子どもにフットサルを指導することも増えてきました。1才の時に難聴の診断を受け、いま右耳はまったく聞こえず、左耳はわずかに残された聴力を補聴器でカバーしています。
難聴に負けず得意なことを見つけ、ここまで来られた僕は本当に幸せです。親や学校の先生、クラスメイトの支えがなかったら、僕はここまで幸せに生きてこられなかった。特に、僕が今こうやって話すことができるのは、1〜4才の時に通学した県立こばと聾学校の先生方のおかげであり、ともに通学してくれた母親のおかげです。幼い僕が発音のトレーニングを嫌がることもあったと思いますが、教え続けてくれた。そんな母に非常に感謝しています。
それと、小学校の6年間、放課後に週1回通った香櫨園小学校の難聴通級学級の先生方にも語彙力を中心に強化していただきました。教科書以外の様々な題材を使って言葉の世界を広げて下さり、深く感謝しています。
他への思いやり
他への思いやりを大切にしています
好きなこと、得意なことは人それぞれ違います。もし挫折しても諦めず、がんばり続けることがなにより大切。大学に進学し、フットサルでも活躍する僕の背中が、難聴で悩む子どもたちの励みになれば本当にうれしいです。
NISHINOMIYA COMMONS編集部
  • はてなブックマーク
  • LINE(ライン)
関連記事